2023-03-01から1ヶ月間の記事一覧

二人の王国

2004年、夏。小学生だった彼は背伸びをしたかった。恋というものがどういうものかを知りたかったのだ。少年はなけなしの小遣いをはたいて、当時ベストセラーになっていた「世界の中心で愛をさけぶ」を手にとってみた。 結果として、本の帯に書いてあるような…

彼岸花

9月も終わり、彼岸花がその妖しい花弁を開いているのが目につく季節となった。家近くの川沿いを歩くとその彼岸花達が咲き誇っている光景を見ることができる。このどこか現実離れした派手さがあり、どこか不吉な印象をもたせるこの花が好きだ。 彼岸の時期の…

旧友と塩レモンスプリッツァー

疎遠になった友に連絡をすることにはいつも勇気がいる。それは連絡するきっかけがないのが大半の理由で、そもそも疎遠になったのはその機会が徐々に無くなっていった為である。進学、就職、結婚と互いの環境はどんどん変わっていて、昔のようなフラットな関…

この世の果てで酒を呑む中年 MI-DO

若い女性に人気」はまったく信用ならない。そのほとんどが広告で、下らないイメージ先行のポップカルチャーであるからだ。僕が信用するのは社会の隅っこに追いやられた哀愁ただよう中年のおじさんだ。彼らが好むものは本物が多いと勝手に思っている。 彼らの…

恋文

ドイツ出身の思想家ハンナ・アーレントにはこんなエピソードがある。 ユダヤ人であった彼女は一度強制収容所に捕らえられるも脱出、ナチスから逃れるため複数の同郷人達とアメリカへ亡命を図った。しかしいつまた捕らえられるかわからない恐怖と、肉体的な疲…

さよならを教えて

大事なものをバラバラに破壊したり、猫を轢き殺したり、目の前の女を陵辱したらどうなるんだろう――突然そんなイメージが脳内でフラッシュすることはないだろうか。無論そんな考えを実行することはないし、むしろそんなことを思いついてしまったことに罪悪感…

たはむれに

シェリー酒とは酒精強化ワインのことで、白ワインにウイスキーの薫香が加わったような、飲み口は軽やかながら重厚な香りをたっぷり味わえるお酒である。熟成の度合いによって色も変わり、白ワインと変わらない透明さを持ったものからウイスキーのような琥珀…

なんでも無いことを幸福に思える能力か、些細なことでも苦しむ能力か

9月も中旬となり、京都の空は不安定で気づけばしとしとと雨が降っている。うだるような夏の熱気も、冷たい雨が大地の熱を取り去り、すっかり秋の面持ちとなってきた。 夏休み明けは自殺者が増えるというニュース、教師や保護者は注意喚起をとのことだ。が、…

戦争の思い出

小学3年生のころオーストラリアの現地校へ通っていた。 オーストラリアに来て1年しか経っていない俺は英語に関しても未熟で、聞き取るのがやっとの俺は、環境に対する不安とクラスの子の足を引っ張っているという己の尊厳が傷ついた苦しい状態であった。 そ…

甘えたい

今日は何もやる気が起きず、ずっとベッドに横たわっていた。 相変わらずの不眠と酒に頼る毎日。 友達は心配してくれる。ありがたいが、申し訳ない。 病院へ行けと言うやつもいる。正論であるが、俺が欲する答えではない。 そもそも今の状態でメンタルやって…

踊る女

高校生の文化祭のとき、忘れられない体験をした。 それは同級生のダンスパフォーマンスを見た時だ。 彼女らはKARAのミスターを制服姿で踊っていた。 ミスターのMVではズボン姿で腰に付けた作業帽をぐりぐりふりまわすのに対し、彼女たちは制服のスカート姿の…

ナチズムの美学

これはベンヤミンが「ファシズムは政治の美学化である」と指摘した通り、ソール・フリードレンダーも同じ問題意識を持って、ナチのプロパガンダ映画の特徴から「キッチュ」と「死」が埋め込まれていることを主張した本だ。 さらにナチズムは性愛と結びついて…

しじま

昨年の11月から働き始め、一人暮らしもはじめた。 眠れぬ日が続き、それでも不思議と体は元気だった。 頭の中は絶えず回転し、つぎつぎとアイデアが浮かび上がっていた。 そして脳内には妙なイメージ―タービン内でガスがごうごうと噴出しているような―が付…